変わらないもんだね

おはようございます。

支援センターふなばし

ケアマネジャーの佐藤寛子です。

 

 

「幼馴染み」とは

何歳頃の年代をさしているのでしょうか?

 

自分のイメージでは

幼稚園生くらいの感覚ですが

もう少し大きくても

幼馴染みと呼べるのかな?

 

もし

幼馴染み、という年代が

もう少し大きくてもいいのなら

先日

久しぶりに幼馴染みに会いました

 

 

これまでの人生

1度だけ

転校したことがあります。

 

小学校4年生の3学期でした。

 

本当に嫌でイヤで

仕方ありませんでした

 

 

 

当時で言うところの

「夢のマイホーム」と呼ぶのでしょうか?

今もそう呼ぶのかな?

40代になったばかりの両親が

夢のマイホームをゲットした

 

その頃の自分は

「どうしてこんな所に引っ越さないといけないのー

猛反対した。

 

 

 

新興住宅街、と呼ばれるその場所は

今でこそかなり切り拓かれていますが

その頃は

まだ自然豊かな土地

 

都会の団地に住んでいた自分には

(今思えば都会でもなかったけど

なぜコスモスが咲き乱れるこの土地に引っ越さなくてはならないのか

その頃はわからなかったんだなー

夢のマイホームをゲットする

両親の覚悟なんて

小4の自分にはわからなかったんだなー

 

 

そうして出会った、新たな友だち

 

 

小学校4年生で転校したため

それより以前の

まさに「幼馴染み」と呼ばれる年代の友だちとは

連絡先の交換も、会う機会もなかなかなく

疎遠になってしまいました。

なので

自分が思い浮かべる「幼馴染み」とは

転校した後の友だちがほとんど。

 

 

 

今回、久しぶりに会いました。

ひとりは定期的に会うけれど

もうひとりは、なんと20年振りくらい

結婚式にもお呼ばれしたのに

そんなに月日が経ったとは・・・

 

20年の間にその友だちは

旦那さまのお仕事の都合で

中国に住んだり、メキシコに住んだり。

メキシコに住むって

全然想像がつかないんですけどー

 

メキシコといえば・・・

 

ドンタコス・・・

 

こんなイメージしか湧かないなんて

メキシコの方に怒られる・・・

 

 

けれど

中国に住んでもメキシコに住んでも

友だちは、何ひとつ変わっていなかった

小学校・中学校のイメージのまま

優しく笑い

たおやかで

たとえ怒っていると言っても

なにひとつ迫力を感じない

転勤生活はもちろん苦労もあっただろうけど

そんな苦労も感じさせず

小中学生の頃のまま

成長した印象を受けました。

 

 

様々な経験をして

得るものや

失うもの、

学ぶものや

変化するものもあるのだろうけど

人間の本質というのは

大きく変わることはないのかもしれないですね。

「赤子の魂百まで」

というけれど

本当にそうなのかもしれない。

 

そう言えばGACKTが

「音痴は治らない。3歳までにいかに音楽を聴いていたかで決まる。」

と言ってたなー。

 

全然話が違いましたね

 

 

 

20年振りは

あまりに久しぶり過ぎて

対面した瞬間は

言葉が出なかったけど

話しているうちに

久しぶりに会った衝撃も薄れました。

変わらず元気そうでよかったです。

また千葉に帰ってきた時には

ご飯行こうね

誘ってくれてありがとう!!!

 

しかし・・・

 

息子さんが25才って

衝撃すぎるわー

この驚きだけは、消えない