その手の存在

おはようございます。

支援センターふなばし

ケアマネジャーの佐藤寛子です。

 

 

昨日

とあるグループLINE内でのこと。

 

いろいろなやりとりをする中で

ある方がマツコ・デラックスさんの言葉を紹介してくれました

 

 

「人生の変わり目って、ちゃんと手を差し伸べる人がいるんだなっていうのは、すごく感じているから。」

「絶対にね、光っている手があるのよ。いやらしい手もいっぱい出てるんだけど、絶対に光っている手があるの。」

「それをつかむ勇気を常に持っていてほしい。」

 

 

なるほど、確かに。

 

 

ホントにその通りだと思います。

 

 

自分自身もそれを実感しています。

 

 

いろんな場面があると思いますが

迷っている時こそ

もがいている時こそ

ちゃんと適切なタイミングで

差し伸べられる手がある

 

 

ホントに不思議だなぁと思います。

 

大きなことでも

小さなことでも

誰かがそうして手を差し伸べてくれる。

 

この現象は

いったいどういうことなんでしょうね。

 

 

 

 

ぼんやり生きていた頃は

「誰かが差し伸べてくれる手」なんて

意識したこともありませんでした。

なんとなく過ぎていく日々の中で

それに気付くこともなかったんだと思います。

 

それどころか

差し伸べられる手を

「いえ、大丈夫です!!!」

「自分でやれますから!!!」

そう言って断っていた可能性、大

 

なんということでしょう・・・

 

でもおそらく

そうだったんだと思います・・・

 

 

 

自分の中で大きな意識改革が起きたのは

間違いなく独立してからです。

それにより

考えることも

目に入ることも

耳を傾ける意識も

大きく変わりました。

 

そうすることでようやく

「差し伸べられる手」の存在に

気が付くようになりました

 

 

まだまだ気付けていない時もあるだろうし

「けっこうです!!」と、突っぱねてしまっている時もあるかと思いますが

以前に比べたら

素直に受け取れるようになってきたと思います。

 

というか

マツコ・デラックスさんの言葉で言うならば

「それをつかむ勇気」を持てるようになったんだと思います。

 

ビビりな自分は

それをつかむ勇気もなく

突っぱねていたのかもしれません。

カッコ悪い話ですね

 

 

 

手を差し伸べてくださる方と巡り逢えること

手を差し伸べてもらえる自分であること

差し伸べられた手に気付ける自分であること

その手を受け取る勇気を持った自分であること

 

結局は

何事も

自分次第。

 

人生の変わり目が到来するもしないも

人生の変わり目で何が起きるかも

自分次第

 

せっかくなら

自分の人生楽しみたいんで。

動けるうちに動いておこう。

感度よく生きていこう。

 

 

 

 

今朝、事務所の朝礼で

「本日、4/8はお釈迦様のお誕生日

という話を聞きました。

 

へぇ~

お釈迦様は今日が誕生日なんだ。

 

お釈迦様とは何者か検索してみると

「生後直後に7歩歩き、天上天下唯我独尊と言った」そうです。

 

お釈迦様、すごーーー

 

天上天下唯我独尊とは

「天上でも地上でも、それぞれの私がいちばん尊い」という意味です。

 

 

かけがえのない

ひとりひとりの尊厳と存在

 

皆さまひとりひとりの人生にも

差し伸べられる手が、きっと近くにありますね